それは、忘れもしない、今から18年前の事です。
時間は、23時1分。場所は、埼玉県内の某交差点!
天候は、雨。
自分は、自転車で知人宅から帰宅途中に、それは起こった!
交通事故である。
自分は、交差点の横断歩道を青で進行中。
幹線道路内の車が、来るのは見えた。そして、止まるだろうと思ったその矢先…
側面衝突をし、自分の自転車は反対側斜線へ!
自分は、飛んだ。地面に、叩き付けられたが、意識はあった。
その反対車線に投げ出された、自転車は第3者の運転する車に無残にも引かれ、数十メートル先で止まった。
この騒音に気が付いた近所の人達が、野次馬になって群がるかと思ったけど…
数分後、パトカーが到着。
自分と加害者と女性は、脇道のへ行き警察の質疑応答が始まった。
更に数分後、救急車が到着。
自分は担架も使用せず、歩いて中へ入った。
そして、救急搬送先を聞かれた。
近くには、自分の出生した病院があったけど、自分が当時整形外科に通っていた、日赤へ行ってもらう様お願いした。
そこなら、自分の主治医もいる為安心だからだ!
日赤に到着。
救急隊は、無理をさせまいと担架で救急処置室へ搬送した。
そして、レントゲン・CTなど約1時間半の及ぶ検査をした。
その間に、母が病院に到着!
そこで、お説教が始まるかと思いきや、さすがの母のまぶたに涙が。
「生きてて良かった!」とつぶやいた。
そして、タクシーで帰宅。
しばらくして、何か冷たい液体が頭の上から、たれて来た。
血液だった!
母に見てもらったら、切り傷がありそこから出てるとの事だったので…
父に連絡を取り、車で再び病院へ!
そして、処置室で手当て後、23日にもう一度外来へ来るよう再指示が出た。
その時に掛かった料金、5000円也。
医局の人が言うには、「交通事故の場合は保険が200%です」と…
そして、翌日指示通り自宅からタクシーで病院へ。
審査結果は、脳・骨・臓器等には異常無いが首(頚椎)が捻挫・腕と脚は打撲と診断され1週間に一度は必ず診察要との事。
帰宅後、加害者とその両親が家に謝罪に来ていた。
事故の件で、加害者の100%あると話、その夜は酒気帯び・前方不注意(脇見運転)・信号無視・スピード超過等で警察から罰金・免許の取り消しが通告されたと言う。
(加害者は、彼女を家に送ろうとした矢先の事故だった。)
そして、加害者と家族が帰宅後警察官が、家に訪問。
事故当時の事を、もう一度改めて聴取したいが良いかと。
ありのまま話、携行品は何を所持していたか聞かれたので…
携帯電話・ポケベル・CD3枚・CDウォークマン等
警察に、話をした後警官は、帰り間際「落ち着いたら、現場検証したいから連絡して欲しいと。」
自分が、バイトしていた冷凍倉庫の会社に、「交通事故に遭いしばらく働けない」と連絡をした。
そこの社長さんが、「無理しないでゆっくり静養しな。給料は計算して保険屋さんに渡せるよう書類を準備して郵送するから、自署だけお願いするよ」だと(確かそんな風に話していた記憶)
そして、数日後警察の立会いのもと現場検証をした。
明らかに、自分は被害者だった事が立証された。
更に数日後、バイト先から現金書留で見舞い金と書類が入っていた。
その書類の失業証明書の給与の枠みたら…月収27万円と書いてあった。
心の中で「そんなに貰ってないのに…社長さん、色付けてくれたんだ」と感謝した。
それを、保険屋さんに郵送して慰謝料がおりた。
その額、携行品も含み初回70万円位。(救急医療費・交通費等)
2回目以降50万円(失業保険・医療費・交通費等)
延べ400万円近くの慰謝料があった。
そして、半年後身体ももとに戻った?ので保険屋が「示談」をしてきたので、承諾をした。
で、何だかんだで今日に至る訳です。(長文、朗読ありがとう。)
最後に、交通事故だけは…起こすまいと!思った。
これと同分ですが、去年も書きました。
正直、事故当時…親に連絡せずに遊び歩いていた自分も悪いと思った。
でも、生きてるって素晴らしい事だよね。
もし、死んでいたらハワイに住んで居たり、ダイビングしたり出来ないもんね。